星新一の「ボッコちゃん」を読んだ感想です。
短編集なので本を読むのが苦手な人や、スキマ時間で読書したい人におすすめ。
個人的には寝る前の読書に大活躍。
一つの話を読んだら寝る!と決めれば睡眠を妨害せずに、面白い話を読んで眠りにつくことができます。
書名:ボッコちゃん
著者:星新一 (1926-1997)
刊行年:1971年
著者が自ら選んだ50編からなる短編集。
あとがきで著者自身も書いているように、ミステリー、SF、ファンタジー、寓話、童話など、様々なジャンルにまたがったお話が読めるのも特徴の一つ。
全体の感想としては、1971年以前のSFファンタジーなのに、古くささがなく楽しく読める所が良かった。
皮肉やブラックユーモアが効いてる作品が多く、これはどういう意味なんだろう?と考えることもあり、何回読んでも面白い。
特に印象に残った作品(ネタバレ無し)
ボッコちゃん
本の題にもなっている作品。
バーのマスターが作った美人なロボット「ボッコちゃん」。
バーのカウンターで客の相手をするが、会話は名前と年齢のほかは簡単な受け答えしかできない。
「名前は」
「ボッコちゃん」
「としは」
「まだ若いのよ」
…
「なにが好きなんだい」
「なにが好きかしら」
「ジンフィーズ飲むかい」
「ジンフィーズ飲むわ」
衝撃を受けた。
この簡単な会話が、私にはとてつもなくおしゃれに思えたのだ。
何の情報も伝達しない、ただ「そこにいますか」「はい、いますよ」的な存在の確認のみ。
男女の会話はこれだけでいいのかもしれない。笑
それを証明するかのように、作中でもボッコちゃんはお客から人気が出る。
残念ながら私はおしゃべりだ。
でもいつか、静かなバーのカウンターでこんな会話をしてみたい。
月の光
おじさんが少女をペットとして飼っている話(要約するととんでもない話だ)。
でも文体が甘美で感傷的なせいで、とても美しいお話のように思えてしまう。
おじさんは少女を生まれたばかりの時に引き取って、言語を教えず、いっさい話さずに育てた。
言葉など人間にはいらない。言葉がどれほど愛情を薄めているだろうか。
人びとは言葉なくして得た愛情を、必ず言葉によって失っている。
確かに、愛情を示すのに言葉は必要ないのかもしれない。
加えて言葉は人を傷つける。
先程のボッコちゃんの中でも、情報伝達としての会話は必要ないように思えた。
でもそうだろうか?
おじさんの愛は本当の愛なんだろうか?
読み終わった後に考え込んでしまう作品。
親善キッス
地球から宇宙船で、とある惑星にやってきた一団。
地球では友好のあいさつとしてキスをするんですと惑星の人びとを説得し、たくさんの女の子とキスをしようと目論むお話。
他の惑星と友好を結ぶというのが新鮮だった。
宇宙・宇宙人といえば戦いと思い込んでいたけど、この作品のようにいつか親善目的で宇宙人と交流する日が来るかもしれない。
とても面白く、読み終わった後、もう1回読み直したくなるお話。
肩の上の秘書
みんな肩の上にロボットのインコをのせて、そのインコ経由で会話をしているお話。
相手の話を要約してくれるし、こっちの言葉はわかりやすく丁寧に変換して返してくれる。
セールスマンがインコに「これを買え!」と伝えるとインコが相手の主婦に「こちらの製品は〜」と丁寧に説明してくれる。
主婦が「いらないわ」とつぶやくと、主婦の肩にとまっているインコが「主人に聞いてみないと私では判断できませんわ」と返す。
昔で言えば、身分の高い人が側近を通して意思を伝えるようなものだが、現代の私にとっては完全にchatGPTだ。
実際、私もメールの返信にchatGPTを使う。
今はまだ原文は自分で作って、添削してもらう程度だが、全部まかせるようになるのも時間の問題だと思う。
GoogleではAIを使ってレストランに電話予約をするサービスも登場している。
お店側の受付もAIになれば一気に「肩の上の秘書」状態になる。
AIに人間のコミュニケーションを全部任せるようになったら、言語そのものはどうなっていくんだろうか。
一言まとめ
「寝る前の読書にオススメ!」
※本記事は個人的な読書感想・読書メモです。

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