私はフランスには友達が一人もいません。(キリッ)
日本には親友(と私が思っていた人)が一人いましたが、少しずつ疎遠になって連絡を取っていません。
あとは一時帰国したときに会ってくれる友達が数人。
私は自分が進化すればするほど、進化前の友達と疎遠になる傾向があります。
中学から高校に進学すれば、中学の友達とは気が合わなくなるし、大学に行ったら高校の友だちとも会う機会が少なくなる。
就職したら同期と遊ぶようになって大学の友達とは会わなくなる。
なので小学校の友達との付き合いがまだある人がよくわからないのです。
そういう人は各ステージで着実に友だちを増やしていくんだろうな。
私の現在の友達は日本で就職したときの同期です。
「なぜ友達がいないのか」
・これといった好きな人ができない
・職場で会えれば十分な人達
・適当に遊ぶ時間がない
・深く話し合える人がいない
『これといった好きな人ができない』恋愛はちょっといいなと思えばすぐにデートしたりできましたが、それは下心が作るモチベーション!笑。
友達となると事態はより深刻で、もっとより好みするというか、休日にまで会いたいか?と思うわけです。
みんないい人だしおしゃべりしたら楽しいけど、『職場で会えれば十分な人達』が大半。
しかも大人になるにつれ、自分の興味関心が研ぎ澄まされてきて、休日はやりたいことがたくさん!
心から会いたいわけでもない人たちとカフェや食事で時間が取られるのは正直苦痛でしかないです。
若いときは時間が無限にあるようでしたが『適当に遊ぶ時間がない』というのは大人固有のものかも?
そして特に思うのが『深く話し合える人がいない』です。
私は高校の時の友達や友達関係がとても好きでした。
何でも話せたし相談できたし、多くの時間を共有していたから。
でもそういう友情って大人になったら作れないのは当たり前。
大人になるにつれ自分を取り巻く状況がより複雑になるし、自分が考えていることや感じていることも人それぞれ細分化されてより複雑になっていく。
こんな状態で誰かに自分の考えや思いを話したり、理解してもらえたりするのはほとんど無理だと思います。
そもそも、どのレベルの友達を探しているのか?
軽くおしゃべりしたりカフェに行ったりするレベル → いいけど時間の無駄
同じ趣味を持つレベル → 友達を作るならこのカテゴリーが一番良さそう
プライベートなことや深い話ができるレベル → 存在しない、諦めよう
私が「あー友達欲しいな」と思う時、それはある集団の中にいて「私の居場所はここじゃないな」と感じ孤独になる時。
集団って固有のカラーというか空気感があると思います。
その中で、少しは私も馴染めるけど、やっぱ違うなと思う時。
完全に帰属できてないと感じる時。
ということは私が欲しているのは『プライベートなことや深い話ができるレベル』の友達なのです。
まるで双子の妹のような人を探しているということ笑。
そこまで考えるとそんな人は存在しないということになります。
愛を誓った夫でさえ、大親友でもあると思っていますが分かり合えてるのは70%くらいかなと。
大人になってからの友達の存在って、別に100人いることを見せびらかすためではないと思います。(そういう人もいるけれど。)
どちらかというと孤独を感じて誰かとわかり合いたいという思いから友達のことを考えるのではないでしょうか?
『【読書メモ】孤独と不安のレッスン (著:鴻上尚史)』
この本では、孤独が悪いものだと信じ、紛らわそうとするのは良くないこと、孤独を受け止め自分と対話することが重要だと説かれていました。
そして人とは分かりあえなくて当たり前だとも。
時間が許せば軽い関係の友達を作ったり、趣味のコミュニティーに入ってみるのも良いかもしれません。
でもそれとは別に自分との対話によって、自分と深く話すというのも必要なのだと思います。
それはノートであったり、日記であったり、ブログであったり。
友達が一人もいなくて、いつもいつも悲しいなんてことはないはず。
自分が置かれている場所での人間関係を、軽く保っていればそれで十分。
求めるレベルを深くしすぎると、それこそ孤独の中に迷い込んでしまいます。
現時点では、友達が一人もいなくても大丈夫!というのが私の意見です。
友達が一人もいないのは問題ですか?
考えごと
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