経済が低迷する中国で、スマートフォンの「縦型ショートドラマ」が大ブーム。
1話1分ほどの連続物で、視聴アプリのユーザーは約7億人。市場規模は1兆円を突破した。
動画配信の大手は高度なアルゴリズムで膨大な視聴データを分析。
人々は不安から逃れ、ますますショートドラマに熱狂していく。
大量のコンテンツを生産する作り手たちは日々消耗し、台頭するAI技術にも仕事を脅かされる。
見えない力に支配されていく世界を描く。
ショートドラマの光と影というサブタイトルのこのドキュメンタリーは、拡大する市場という光の部分と、それを制作する人々の苦悩、熱狂する人々の闇という影の部分をあぶり出している。
ショートドラマは人の注意を引くために、とにかく演出が派手で演技が大げさ、常に問題や闘争が起きていなければいけない。
そして最後には悪役が倒されるというカタルシスが訪れる。
このような明快で簡潔な物語はなにも今に人気が出たわけではない。
「水戸黄門」や「東山の金さん」、「暴れん坊将軍」などは毎回悪役が出てきて、それを成敗するというパターンでみんなが見ていた。(はい、昭和生まれです笑)
現代で言えば「半沢直樹」あたりがこのパターンだろうか。
恋愛における愛憎劇で言えば昼ドラが当てはまる。
では“あの頃”と現在では何が違うのだろうか?
それはコンテンツへのアクセスのしやすさにある。
隔週で放映されるテレビドラマに比べ、ショートドラマは専用のアプリケーションをダウンロードすればいつでも・どこでも視聴できる。
また1話1分というのも手軽でスキマ時間やながら視聴が簡単だ。
そして何より大量のコンテンツが日々投入されている。
でも一つ疑問が浮かぶ。
このドキュメンタリーに出てくるショートドラマの視聴者は日々の労働が辛いという。
毎日が辛い。人生が辛い。
その辛さを忘れるため、人はショートドラマを見る。
なぜそんなにも日々が辛いのか。
この傾向は中国だけではない。
日本だって世界中にだってこの「辛い日々」というワードがはびこっているような気がする。
だからそれを紛らわすためにtiktokやショートドラマが世界中で人気なのだ。
人々の辛さは不安からきているのだろうか?
いつだって世界情勢や世界経済は不安定だ。それも今に始まったことではない。
ならなぜ現代の人々はそんなに辛いのか。
それがまだ私にはわからない。
もう一つ浮かんだ疑問。
それはなぜ人々はスキマ時間を埋めたいのか。
ながら行動でマルチタスクをしたいのだろうか?
それを考えるには『人は希少なものを大切にし、あり余っているものは雑に扱う』という法則が当てはまる。
これは岡田斗司夫がたまに引用する言葉で、たしか知価革命という本に書かれていると言っていたような気がする(間違ってたらご指摘ください)。
人々は希少な時間を大切にするため、スキマ時間があると何かで埋めたいと思う。
化粧をしながらだって動画を見る女性もいる。
希少な時間を最大限使うために、大量にあるショートドラマを大量に消費する。
この作品に出てくるショートドラマの監督は、役者から監督になった。
映画に対して自分の信念がありながらも、それらを全て無視して、無理難題を突きつけてくるクライアントとの調整が彼の仕事だ。
台本すらアルゴリズムで作成されクライアントから送られてくる。
この作品の題名である「縦の支配」というのは、アルゴリズムで作成される縦型ショートドラマが視聴者を支配するという意味と同時に、動画プラットフォームやクライアントと制作現場という縦関係の支配というのもあるのではないかと思う。
AIの導入で彼の仕事は1/4に減ったという所で作品は終わる。
彼はどうなるのだろうか?
生きていくには稼がなければいけない。


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