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自分を喜ばせることは必要か?

つぶやき

自分を喜ばせたいと思う時はありますか?それはどんな時ですか?

自分を喜ばせたい時、私もあります。
やりたくないけど、やらなければいけない事をなんとか終えた時
自分の意見を言いたかったけど、ぐっとこらえた時
自分の意向に沿わず、無理に自分を動かした時、私は私を喜ばせたくなると気づきました。

多分、自分で選べないとか、裁量権がないと精神的な疲労がたまるんだと思います。

それは自分が失われるような感覚。


では自分はどうすれば喜ぶのか?

過去に自分を喜ばそうと思って、物を買ったことがあります。
でもあまりうまく行きませんでした。
何かを買うとか経験するって喜びが一発だけなんですよね、じんわり持続しない。
その瞬間は嬉しいけど、何か他に嫌なことが勃発したらすぐに消えてしまうような儚い嬉しさです。

自分を喜ばせたい時ってむしろ自分をなくして頑張った時だから、物を買ったり旅行に行くとかではなく、欲しいのは承認なんじゃないでしょうか?
自分から自分への、やりたくないのによくやったね!というねぎらい。

例えば、子供が苦手な友達にも挨拶できたからってなにか物を買ったりしないですよね、よくやったねって認めてあげることで子供の心が育つと思います。

物を買ったりするご褒美も、もちろん良い。
ですが、この「ねぎらい、承認」の工程をすっ飛ばしてプレゼントを買うだけでは自分は本当には喜ばない。

私たちは自分にご褒美というとすぐ何かを買うことを考えるけど、それは資本主義の中でとてもよく刷り込まれたアイデアなだけで、本当は自分を認めてもらう、いやなのによく頑張ったね!と受け止めてもらうことを欲しているのではないでしょうか?

自分をプレゼントなどで喜ばすことはそんなに頻繁には必要ないと思います。
それよりも自分をねぎらってあげることを重点的にしたいです。
それは私たちがイメージしているような“喜び”ではないかもしれないけど、温かさがじんわりと続くカイロのようなものだと思っています。

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Fumiko@

40代
フランス・パリ郊外在住
クリエーター
美味しい夕ごはんを食べるために毎日生きています。
読書/思想・文化エッセイ

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