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【映画メモ】ロミオ+ジュリエット(1996)

映画メモ

映画「ロミオ+ジュリエット」を見た感想メモです。
シェイクスピアの名作を現代風にアレンジした作品。

題名:ロミオ+ジュリエット(Romeo + Juliet)
制作年:1996年
監督:バズ・ラーマン (Baz Luhrmann)(1962-)
出演:レオナルド・ディカプリオ (Leonard DiCaprio)(1974-)
   クレア・デインズ (Claire Danes)(1979-)
原作:Romeo and Juliet (William Shakespeare)

あらすじ

「ヴェローナ・ビーチ」を支配する2つのマフィア。
モンタギュー家の跡継ぎであるロミオは、敵対するキャピュレット家の娘ジュリエットに惚れてしまう。
許されぬ恋と知りながらも、ロミオは想いを断ち切れず愛を告白。
彼らは相思相愛となるも、激化する両家の対立に翻弄されていく。

全体の感想

原作のセリフをそのまま使い、舞台を1990年代に移したところがすごい

この映画のすごい所、それは原作のセリフをそのまま使いつつも舞台を現代に移している所。
次の章で細かく説明しますが(シカモアの森の中で…)セリフが省いてあるところはあるものの、原作そのもの。

劇が始まるときの前口上はニュース番組のキャスターに置き換わっています。
時代も文化も違う状況で最大限に原作のセリフを活用している、そのテクニックにも注目です。
ちなみに原作の「2時間の劇」という前口上のまま、この映画も2時間ピッタリに作られています。

監督がしたかったことは当時の感覚を蘇らせること

私はロミオとジュリエットの原作以外、なんの前知識もなくこの映画を見ました。
映画が始まるやいなや、ベンヴォーリオとティボルトのいざこざや、警察がヘリで登場したり、演出がいかにもわざとらしく思えました。
あれ、これって私の知ってる詩的でクラッシックなロミジュリじゃないぞ!
なんだかいかにも俗物的でもっと親しみやすいロミジュリだぞと違和感を覚えました。

なぜこのような演出になっているのか?

神格化されたシェイクスピアを当時の感覚で見せたかったのではと私は考えます。
現代の私達はシェイクスピアというと古典の傑作で素晴らしいものという彫り込みをもって作品を見ます。
しかし原作の戯曲が公開された1595年当時、封切りされ劇場に来た観客はもちろんそんな前知識はありません。
彼らにとっては彼らの時代に沿った娯楽劇であったと思います。
監督は私たちに当時劇場に来た観客と同じような感覚にさせたかったのかも?と思いました。

ディカプリオを堪能するための映画

この映画は特にディカプリオの麗しさが爆発してます(!)。

ロミオとジュリエットが出会った時の水槽シーンは、水槽の中の青や黄色の魚が印象的ですが、ディカプリオの青い目と魚がリンクしてとても幻想的です。

またロミオがジュリエット家に侵入して二人でプールの中で話すシーン。
ライトが後ろから当てられ水面がキラキラ、濡れたディカプリオもキラキラしてこちらも幻想的なシーンです。

二人が結ばれた翌朝、出発しなければいけないロミオとジュリエットがシーツの中でたわむれるシーン。
こちらはジュリエットの視点でロミオを撮っているので、まるで自分がジュリエットになったかのよう!

この3つのシーンは、もちろんロミオとジュリエット二人がいるので、二人の見せ場とも言えますが、どう見てもロミオのほうが正面カットが多く、長く映されているし、なにより美しい。
この映画を製作するに当たって、前々から監督はロミオをディカプリオに決めていたというので、映画全体もディカプリオ推しなのかなと推察します。

ロミオのアロハシャツ

物語終盤にロミオが来ていたアロハシャツが個人的にすごく好きです。
青色のシャツで小花があしらわれた和柄アロハ。

これはロミオがジュリエットと出会った次の日、教会に訪れてロレンス修道士に彼女と結婚したい!と言ったときにロレンスさんが着ていたもの。
ロレンス修道士はその後、修道士としての仕事があるのでそのアロハの上から修道士の衣服を着ていました。
しかし同じ日、ロミオはティボルトを殺してしまい、夜遅く教会へ逃げ込んできます。

ロレンスは雨に打たれて傷だらけのロミオを介抱し、ワードローブから同じアロハシャツを取り出してロミオに着せてくれます。

絶対洗ってないよね?と一瞬思いますが、その可愛らしい小花柄の和柄アロハはロレンス修道士よりロミオのほうが何倍も似合っているからあら不思議!
ロミオに着せる前提でロレンスさんが持ってたよね?と思わせます。

ちなみにこの映画が公開された90年代後半はアロハシャツはおじさんの着るものでした。
しかしのちにマトリックスやアメージングスパイダーマンのスタイリストを担当するオーストラリアの衣装デザイナー、キム・バレットがロミオに着せたことで、アロハシャツを再定義、のちにエディスリマンや他のデザイナーにインスピレーションを与えたとのことです。

もっと細かいこと言うと…

シカモアの森の中で…

この映画は原作のセリフをそのまま活かしていることで有名ですが、私がいちばん“たまげた”演出がこのシカモアの森の中で…。

冒頭のベンヴォーリオとティボルトのいざこざの後、両家が警察に呼ばれお叱りを受けた帰りのこと。
車の中にはモンタギューとその夫人、ベンヴォーリオが乗っています。
夫人が「ロミオはどこにいるのかしら?」と聞くとベンヴォーリオが「夜明け前にシカモアの森の中で彼を見ました」と返事をします。

これは原作そのままのセリフなのですが、とても変なのです。
恋煩いだからってマフィアの息子が森の中で泣き暮れないだろ、しかも舞台はヴェローナビーチ。
森なんてないよね?と思った次のシーン。
太陽をバックにロミオが浜辺にある屋外の舞台で物思いにふけっています。
その屋外劇場の上に「SYCAMORE GROVE(シカモアの森)」と書いてあるではありませんか。
そう、それはビーチにある舞台の名前だったのです。

そしてこの舞台が演出にすごく効いています。
まるでシェイクスピアのこと忘れてないよ、原作は戯曲だよといつも言っているよう。
特にマキューシオがティボルトにやられるシーンは浜辺からこの舞台にみんなが移動して、舞台上で「どちらの家もくたばれ!」というところは原作にとてもリンクします。

ロミオと友人たちの乖離

冒頭のベンヴォーリオたちモンタギュー家とティボルトたちキュピレット家の抗争。
それはとても血気盛んで頭悪そうなメンツの小競り合いでした。
喧嘩っ早く血気盛んなティボルトもそうですが、モンタギュー家のベンヴォーリオたちも相当に頭が悪そうです。

そんな頭が悪そうな抗争シーンから、前述のシカモアの森へとシーンが変わります。
シャツとスーツを着ているロミオはオレンジ色の朝日をバックに、叶わない恋を憂いてノートに鉛筆で想いをしたためています。

この対比は何なのか?
頭悪そうなチンピラの抗争に対して繊細で詩的なロミオ。
しかも彼らはいつも一緒。
ジュリエット家の舞踏会にも一緒に行きます。

なんでそんな友達と仲良くしてるの?と疑問ですが、これはロミオがその家柄に精神的に囚われていることを示しているのではと思います。

実際の彼と現実の彼を取り巻く状況が合っていない。
ジュリエットと出会ったのは偶然ですが、そのことでこの家柄から、また自分を取り巻く自分に合っていない環境から脱出を図るも失敗してしまうという悲劇。

ちなみに私はマキューシオが好きです。
彼は相当お茶目で面白い性格ですが、悲しみに暮れるロミオを舞踏会に連れ出したり、ティボルトの決闘でロミオをかばおうとしたりするいい奴です。

GLOBE THEATRE

冒頭の抗争シーンの後、車の中でロミオの父親にロミオを慰めてくれと頼まれるベンヴォーリオ。
ロミオがいるシカモアの森へ行きロミオに合流します。
その後二人は浜辺の遊園地を横切り建物に入ります。

この建物の名前が「GLOBE THEATRE(グローブ座)」これは1599年にロンドンに建てられたシェイクスピアが使っていた劇場の名前です。
火事や廃業にあったものの、復元されて現在は「シェイクスピア・グローブ」として営業しています。

GLOBE THEATRE
21 New Globe Walk, London SE1 9DT イギリス

ビリヤード場のおじさん

ロミオとベンヴォーリオが入っていったグローブ座という建物の中にあるビリヤード場。
そこの受付には一人のおじさんが居ます。
「NO TICKET NO GUN」と書かれた張り紙と手には29と書かれた紙。
ロミオはチケットを手渡し自分たちの銃を返してもらって外に出ます。
しかしこの29が何を意味するのかよくわかりませんでした。
しかもこのおじさん、最後にロミオに毒を売る薬屋役もやってるんですよね。
うーん謎の多いおじさんです。

水の中に顔を沈めているシーン 3つの共通点

最初のジュリエットの登場は、ジュリエット家が舞踏会の準備中、彼女はバスタブの水の中に顔を沈めています。
このシーンに呼応するのが、舞踏会に来たロミオがどんちゃん騒ぎについていけなくて、トイレの手洗い場で水の中に顔を沈めているシーン。

二人とも息が苦しくなってぶはぁっと水から出てきます。
出会う前からそれぞれの死を暗示させるような演出です。

また二人が結ばれた後、ロミオがジュリエットの部屋から見つからないように出ていく時プールに落ちます。
ジュリエットはこの時、水の中に沈むロミオを見て、まるで彼が墓の中にいるようだとはっきり言っています。

ジュリエットがバルコニーにいないだと?

面白かったのは、舞踏会の後ロミオがジュリエット家に侵入してジュリエットを探すシーン。

一般的にジュリエットのこのシーンは有名ですよね。
「あぁロミオ、なんであなたはロミオなの?」のシーンです。

私たち観客はジュリエットがバルコニーに出てくると思っています。
なんだかロミオも彼女はバルコニーにいると確信しているように、壁を登ってバルコニーの奥にジュリエットを一目見ようとしますが、そこにいたのは乳母でした。
顔をしかめて落ちそうになるロミオ。
するとそこへジュリエットがエレベータで降りてきます。

いやバルコニーじゃないんかい!とロミオも観客もいっせいにツッコめそうな状況が面白かったです。
ジュリエットはバルコニーにいるという観客にとって当然の型を裏切ってのエレベーター登場、さらにはあのプールの幻想的なシーンへと続くところが粋です。

教会について

この映画によく出てくる巨大なキリストの像と教会。
引きで撮っているときはメキシコに実在するParroquia del Purisimo Corazón de Mariaという教会で、大きな像の下に四角形の建物があり表側に幅広の階段があります。

それとは別にロータリーのように大きなキリスト像の周りを車道が走っているカットもあり(ロミオがティボルトを撃った場面など)、これはこの教会とは別の物。
調べましたが、実在するかはわかりません。

このキリスト像は印象的でよく出てきます。
とくにロミオとジュリエットが出会うまでの第一幕とロミオがティボルトを殺してしまう第二幕の切り替わり、第二幕と物語の終わる第三幕の切り替わりに音楽とともにこの教会のカットが入ってきます。

Parroquia del Purisimo Corazón de Maria
Gabriel Mancera 415, Col del Valle Centro, Benito Juárez, 03103 Ciudad de México, CDMX, メキシコ

Prince of Catのティボルト

ティボルトのことをマキューシオはPrince of Catと呼びます。
これは『狐物語』フランス語でRoman de Renartという12世紀後半にフランスで生まれた物語の中に出てくるキャラクターのことを指します。
この物語は主人公の狐ルナールが他の動物を騙したり殺したりする話。
その中に出てくるのがPrince of CatのTibertです。
フランス語の名前なのでティベールですが英語圏だとティボルトになります。
この猫の王子はプライドが高くずる賢いので、それをマキューシオはキュピレット家のティボルトに重ねてそう呼んでいるわけです。

マキューシオの舞台は天候も味方に

マキューシオがティボルトに刺されて倒れるシーンではあたりの雲行きが悪く風も吹いています。
よく見ると遠くのヤシの木も風で大きくしなり、海にはたくさんの波が押し寄せています。
このシーンの撮影では本物の竜巻が来ていたらしく、監督はその中で機材が壊れながらも撮影したそうです。

ロミオがティボルトを撃った時、玉は5つ

ティボルトがロミオに決闘を申し込んだとき、その連れがティボルトの銃から玉を捨て1つだけにしました。
ロミオは決闘を拒否し代わりにマキューシオが犠牲になります。
その後すぐにロミオは逃げるティボルトを車で追いかけてキリスト像の前でティボルトの車が横転。
外に弾き飛ばされたティボルトの銃でロミオはティボルトを撃ちます。

愛するジュリエットの家族だと知りながらマキューシオがやられた悲しみと板挟みな感情の中、必死で5発もティボルトを撃ちます。
あれ?さっきのシーンで玉捨ててなかったっけ?と思いましたが、考えてみるとティボルトは拳銃二丁使いなので、もう一つのほうの銃ではないかと思います。
残念なことに2つの銃は同じモデルの同じ絵柄が描かれているため見た目では判断できません。

ジュリエットの訃報を受けて大泣きのロミオ

マントヴァに追放され、砂漠の中のトレーラーハウスで暮らすロミオ。

ロレンス修道士が送った手紙は届かず、その不在票には気づかないままです。
その代わりに従者のバルサザーが偶然ジュリエットの葬儀を見てしまい大急ぎでロミオに伝えに来ます。

ジュリエットの訃報を聞いたロミオは大きなショックを受けフラフラと歩きだします。
まさにその時!
あの可愛らしい和柄アロハのボタンが外れ、はらりと前がはだけるのです。

アロハシャツよくやったぞ!と全ディカプリオファンは思ったことでしょう笑。
そのままオレンジ色の太陽に向かって泣き叫ぶロミオ。
しかし、ロミオが振り返って立ち上がる次のカットではシャツが閉じられています。
ディカプリオファンならこれが別撮りだとすぐに気づくでしょう笑、ちなみにその次のカットではまたシャツの前がはだけています。

オレンジ色の太陽

ロミオの初登場のシーンを覚えていますか?
オレンジ色の太陽が登る朝でした。
そしてジュリエットの訃報を受けたとき、これは沈みゆくオレンジ色の太陽に向かって泣き叫びました。

オレンジ色の太陽が登りストーリが動き始め、太陽が沈むところでストーリーが終わろうとしている。
(正確には朝のシーンは朝日のようでしたが太陽の高さは朝9時といったところ。夕日のシーンは15時ごろでしょうか。オレンジのフィルターがいい仕事してます)
ストーリの始まりはシカモアの森という屋外劇場で、ストーリーの終わりは砂漠地帯で、とても印象的なシーンです。
この2つのシーンは唯一ロミオがノートにその想いを綴っている場面でもあります。

毒を飲んだロミオ、小瓶のゆくえ

ビリヤード場のおじさんから毒を買ったロミオはジュリエットがいる教会に向かいます。
眠っているジュリエットに向かって愛を語るロミオ。
このときにジュリエットの眠り薬が切れてジュリエットが目を覚ましそうになります。
もしかしてロミオはジュリエットの目覚めに間に合ってしまうのではないか?!と観てるこちらが逆にハラハラドキドキします笑。
(これもまた観客が知っている当然の型を裏切る演出でしょうか?)

ジュリエットが目を覚ました時、ロミオがちょうど毒の小瓶を口に傾けたところでした。
ジュリエットが小瓶を手で払いますが時すでに遅し。
ロミオは毒を口に含んでしまいます。
しかし次のカットではなぜか払われて落ちた小瓶をジュリエットが握りしめていて、またまた次のカットではそれがロミオの手に握られておりジュリエットが無理やり小瓶を取ります。
面白いのでぜひチェックしてみてください。

ラブロマンスというよりも、やはり悲劇 -顔の向きの考察-

この映画はラブロマンスとカテゴライズされることもありますか、私はやはり色んな人の色んな決断が不幸な結果を招いた悲劇だと思います。

顔の向きに注目してみます。
最後、ロミオが毒をあおって死んでしまい、それを見たジュリエットはロミオが持っていた銃で自分の頭を撃ち抜きます。
教会の祭壇でたくさんのキャンドルが灯された中でロマンチックに息絶える二人。
でもお互い顔の向きは同じ方向、つまり向き合っていないのです。
もし向き合っていたらロマンチックですよね。
それこそラブロマンスです。でも向き合っていません。
それはどこか物悲しさがあります。

二人が結ばれたときも同じです。
翌朝二人がベッドで寝ているカットでお互いの顔は同じ方向を向いています。
お互いの気持が通じ合って喜ばしい朝なのに二人が向き合っていないのです。
ロミオはベッドの外側に顔を向けていてジュリエットはそのロミオ側に顔を向けています。
教会のシーンと同じです。
観客に念を押すように、これは悲劇なんだと言っているようです。

マフィアなら最後は和解ではなく全面戦争だろ

最後は警察であるキャプテンプリンスが私たちは全員罰せられた、ここで手打ちにしよう!というのですが私は納得できません。
原作を読んだ時も、こんな喧嘩っ早い人たちなら手打ちになんてできないでしょ?
北野映画なら戦争じゃーとなってるでしょ?と思ってました。

ましてやこの映画はマフィアの話です。
それならもう北野映画エンディングで決まりでしょ?
一家が全滅するまで殺し合いでしょ?とやっぱり思ってしまうのでした笑。

独断的評価

☆4.0
ディカプリオファンなら彼の若かりし頃を愛でるために3〜4回は観れますが、普通に楽しみたい人は1回観れば十分。
原作を知らなくても大丈夫ですが、原作をリスペクトしている作品なので、できれば観賞前に押さえておくとより楽しめます。

一言まとめ
「神格化されたシェイクスピアを当時の感覚に戻した作品」
– この作品が封切りされた1595年当時の人々はこんな感覚でロミジュリを観ていた –


※本記事は個人的な映画感想・映画メモです。

参考記事
【読書メモ】新訳 ロミオとジュリエット (著:シェイクスピア、訳:河合祥一郎)
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