Youtubeでたまたまパリのおしゃれなスポットを紹介するという動画を見ました。
あるセレクトショップが紹介され、「すごいおしゃれだよね?」「すてきー」と言った感想とともに店内の様子などが映し出されました。
前から私は、セレクトショップのどこがおしゃれなのか理解できず、「もしかして私はおしゃれじゃないのかも?」とちょっと悩んでます。
セレクトショップの発する「私たち、おしゃれです」というメッセージもちょっと嫌だし(ひねくれもの笑)、売っている物もさして欲しいと思えません。
セレクトショップっぽいプリントがされたTシャツとか、ぽいプリントがされたトートバックだとか、シンプルだけど“洗練された”アイテムとやらが販売されているように感じます。
店内にはカフェスペースがあったり、ほかにも写真集などの本や、ライフスタイルも提案するためか家具や食器などが販売されてあるところも多いです。
どちらかというと、一つ一つのアイテムがおしゃれというよりは、セレクトショップ全体の雰囲気をもって、「今、このムーヴが来てます」「こんな雰囲気が今の気分です」という雰囲気の提案なのかもしれません。
しかしそこで思うのが、多くのセレクトショップが同じような雰囲気をまとっていること。
みんなが思う、「セレクトショップってこんな感じ」というイメージ通りの雰囲気を大体のセレクトショップは持っています。
みんなが思う「おしゃれなセレクトショップの感じ」、これは本当におしゃれなのか?
記号としての消費
ここでの「記号としての消費」とは、社会的に認知された通念をそのまま自動的に受け取り、あたかも自分がそう発見した、そう考えたかのように錯覚してしまうこと。
断っておきたいのは、私はセレクトショップをおしゃれじゃないと言っているわけではないのです。
セレクトショップに行く人をバカにしているわけでもありません。
でも多くの人が“セレクトショップはおしゃれだ”という記号を消費しているだけではないのか?と思うのです。
もしセレクトショップが本質的におしゃれだったら、どのセレクトショップも同じような雰囲気にはならない、ショップごとに驚きや発見があると思います。
別に全てのセレクトショップが同じ雰囲気ではありません。
そこで新たな発見がある時もあります。
でもここで言っているのは、多くのセレクトショップが同じ「セレクトショップ」という記号になっていて、私たちはその記号を受け取って自動的におしゃれだと思っていませんか?ということです。
私にも同じことが起きます、例えばゴシック建築の教会です。
ヨーロッパにたくさん存在するゴシック建築の教会。
建築のことは何の知識もないのに、「あ、この柱ゴシック建築だね、すごい!」「この教会はゴシック建築なんだ、素敵!」とつい言ってしまうのです。
ゴシック建築の何がすごいのか?どの部分が素敵なのか?全く理解しないまま、ゴシック建築はすごいんだという記号だけを消費しています。
ゴシック建築に感動すべきだと知っている今の自分に落ち着いているだけかもしれません。
こういうことって私達の身近にすごくたくさんあると思うんです。
日本の墓地は怖いのに、パリのモンパルナス墓地は素敵なのでしょうか?
私は日本の墓地はなんとも思いませんが、外国の墓地はゾンビが出てきそうで怖いです。笑

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